明治にさかのぼれる長い歴史

日本海員棭済会、これが棭済会長崎病院の元になっている社団法人です。郵便制度の生みの親で知られる前島密や明治政府の中心的な人々、それに当時の海運業界の主だった人が中心になって、明治13年(1880年)に東京品川付近で海員寄宿所を開設しました。海員というのは今で言う船員、船乗りです。

日本は明治維新の前から船員の待遇がきわめて悪く、船員の労働条件が整わないまま維新政府が海運業界で力をつけていくことは、ほとんど不可能だと考えていました。それでまずは待遇改善というわけで、船員たちの教育を始め、職業斡旋、つまりどれかの舟に乗り組めるように手配することなどを国が始めました。いわゆる福利厚生です。怪我をしたり病気にかかった船員に対する医療制度も整備しました。また海難に遭った船員の家族に対する弔慰の制度も設けたそうです。

この活動を、今では東京都内に本部事務所を置く棭済会が行っています。全国各地に病院や高齢者介護施設などを持っています。棭済会長崎病院もこのグループの一つなのです。